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2007.11.17 小松、スローピッチ通算100勝目を自らの祝砲で飾る。
かつてSSL時代のスラッガー金澄が出場
通算100勝目を賭けてマウンドに登る小松
この日4番抜擢の比嘉が先制ホームラン
負けじと大島弟のバットも火を噴く
テスト生あがりも大活躍
自らのホームランで通算100勝目を達成!

最近互角勝負の試合が楽しいレンジャース戦、もしかすると今季最終戦になるかもしれないとあって、試合前から気合いが入るはずだったが...なんと事故渋滞で集合時刻に間に合わないメンバーが多く、慌ただしいプレーボールとなった。

ただボルメッツは不測の事態に備えるのとアップの時間を余裕取る意味で集合時刻を他のチームよりも早めの時間に設定しているだけに、大局には影響がなかった。

まず先発のマウンドにはスローピッチ通算99勝の小松がマウンドへ。今季は「とある目標」を立てレンジャース戦の主戦は志村にしていただけに、久々のレンジャースとの対戦。

ホームベースとエクステンションマットに落ちたらストライクというルールの為、前回このルールを採用した9月の綱島戦では「一塁へ歩け歩け運動」の提唱者となってしまったが、その後独自に「そこへ落とす方法」を見つけ今回はそれが試される試合、懸念された初回立ち上がりも良く0点に抑える。

その裏のボルメッツは1死から2番山口がライトエラーで出塁、3番大島弟が投ゴロに倒れるが、2死から4番比嘉が2ランホームラン。
5番原田がお家芸のライト前ヒットで続くと、6番大島兄の2ランと効率も良く4点を先制。

しかし最近のボルメッツは初回に点を取ると中盤以降点が取れないというジンクスは継続中。
2回も体験参加のこの回先頭の金澄の二塁打でチャンスを作るが後続が続かず0点、3回もトップからの打順だが0点。
順調に相手打線を封じていた小松も4回、2点を失い。4対2と接戦に。

その裏のボルメッツは先頭原田が出塁すると、大島兄の二塁打、小室の犠牲フライで2点を追加6対2。
しかし終盤に強いレンジャース相手に4点は決してリードとは言えない。

5回の裏、ラストの小松からの打順「とにかく出るしかなかった」と思い切りよく振り抜いた打球は右中間へ。小松のホームランで一気に盛り上がる一塁側ボルメッツベンチ。小松が打ったら俺たちも打たなきゃいけないでしょう!とばかり、先頭の羽山が二塁打、続く山口、大島弟、比嘉と4連打。大島兄のタイムリーも飛び出しこの回4点。本塁打で少し緊張感が溶けたのか小松は2点を失うが、6回裏1死から遠藤寿のヒット、前の打席でホームランの小松がタイムリー三塁打を放つとベンチのムードもイケイケ状態。羽山、山口、大島弟、比嘉と再び4連打、原田の犠牲フライ、大島兄のタイムリーと5回と同じパターンで6点。

小松はこの日ショートで堅守ぶりを発揮した大島兄、堅実な一塁守備で内野陣の送球を受け止めた金澄らの活躍で、完投かつ自らの祝砲で通算100勝目を達成した(初勝利は1999年8月7日の青山レッドキャップス戦)。
守備はこの日はセカンドがレスリーの為、再びサードに入った羽山、ショート大島兄というレギュラーシーズンではあまり見かけないシフトであったが、大島兄の守備範囲の広さ、ポジショニング、地肩の強さは今後起用される回数も増えそうだ。

序盤に点を取るとその後点がなかなか取れずに終了というジンクスに悩まされた今シーズンだったが、11/4以降の試合を見ているとその課題も払拭された感もあり、来季に向けて好材料だったと言える試合であった。

金澄、久々のソフトで豪打爆発
体験参加の金澄は8番一塁で出場、ボルメッツを立ち上げるきっかけとなったパラダイスというチームの4番打者。特に98年のシーズンはリーグ戦で12本塁打をマークし大活躍を果たした。また2003年のパラダイス解散試合でもチームの有終の美を飾るサヨナラホームランを放った逸材。
スローピッチはMLSで体験参加をしているとは言え、試合に出るのは久々。
しかし2回の2塁打は目が覚めるような二塁打。続く第二試合でも2本の三塁打、二塁打1本と活躍し、一塁守備も堅実で内野陣から早くも信頼を得ていた。

文責/小松  写真/小松・遠藤寿

小松、自ら祝砲で100勝目
9年目で通算100勝目を達成した小松。思えば道程は遠く険しかった。スローピッチ投手として目覚めたきっかけは99年12月のレッドキャップス戦。延長8回にサヨナラホームランを打たれてから「スローピッチのシンプルながら奥深さを感じた」という。以後変化球を研究。翌年は初の完封試合などもあって7勝をマークするが、2001年「何をやっても勝てないボルメッツの暗黒時代」には5連敗を喫するなど不運も続いたがその後5連勝できっかけを掴み、翌2002年は12勝4敗と初の2ケタ勝利、以後現在に至るまで8年連続完封勝利をマーク、少しずつマイナーチェンジを繰り返し、さらに従来のルールとマットルールの二刀流を覚えた。
自らの100勝目を自らの本塁打で祝砲とした小松「いつからだか少し片意地張ってたけど、これからは純粋に気楽にマウンドを楽しもうと思います。目標は名球会入りです。FAでメジャーには行きません。生涯ボルメッツ、ここに骨を埋めます。」と語ってベンチ奥へと消えた。

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